大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)191号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 審決を取り消すべき事由の有無についての判断

1 当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第五号証(昭和五六年三月一三日付手続補正書)、同第六号証(昭和六一年三月二八日付手続補正書)並びに同第七号証(昭和六二年五月二六日付手続補正書)によれば、本願考案は、二葉のプラスチツクフイルムを加熱し、その二葉のフイルムの間に封着対象のシートを挟んでフイルムを封着するラミネータに関するものであるが、従来のラミネータは、加熱の過程でプラスチツクフイルムの表面に傷がつきやすいなどの問題があつたので、本願考案はこの点の改善を目的として実用新案登録請求の範囲に記載したとおりの構成を採用したものであり、特に加熱体及び封着体をそれぞれあらかじめ加熱された回転ローラとすることによつて、良好な加熱圧着を行うことができるようにするとともに、圧着後フアンにより冷却しながら引き出すようにしたことによつて、品質の高いラミネート作業を連続して行うことができるラミネータを実現したものであつて、この点に本願考案の特徴があること(甲第五号証一頁一七行ないし三頁一〇行)、その結果、本願考案は、フイルムの加熱移送中に滑りを生ずることがなく転がり接触しつつ移送され、また、プラスチツクフイルムは引出しローラに至る前に上下両面から冷却されて硬化するので引出しローラによつて表面に傷がつくことも避けられるという効果(同三頁四行ないし一〇行及び八頁三行ないし八行)を奏するものと認められる。

2 引用例1に審決認定のとおりの構成をもつプラスチツクフイルム被覆装置が記載されていること、引用例1記載の被覆装置と本願考案とは、審決の指摘する三点において相違するが、その余の点では実質的に一致していること並びに引用例2に審決認定のとおり樹脂加工装置において樹脂加工される基材を加熱する装置としてプレヒーターロールが示されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

3 原告は、まず、審決の取消事由として、審決が相違点(1)について引用例1に記載されたプラスチツクフイルム被覆装置の加熱装置として引用例2に示されたような回転ローラを用いることは当業者においてきわめて容易になし得ることとした判断の誤りを主張するので、この点について検討する。

(一) 前叙のとおり引用例2に、審決認定のとおり樹脂加工される基材を予熱するための加熱装置としてプレヒーターロールを配置することが記載されていること自体は争いがなく、また、審決が、引用例2に示されたごとき「樹脂加工される基材を予熱するためにプレヒーターロールを用いるという公知の技術手段」を根拠として、本願考案のごときラミネータのプラスチツクフイルムの加熱装置として、引用例1に開示されているほぼ半円柱状のものに代えて回転ローラを採用することが当業者にとつてきわめて容易なことであると判断したことは、前記審決の理由の要点における説示に照らし明らかであるが、以下に詳述するように、審決が根拠とする右の公知の技術手段から直ちにプラスチツクフイルムの表面が加熱過程で傷つきやすいという従来のプラスチツクフイルム被覆装置の問題を解消するために、回転加熱ローラの採用を着想することは、当業者にとつてきわめて容易なこととみることはできない。「樹脂加工される基材を予熱するためにプレヒーターロールを用いる」という一般的な公知の技術手段からは、回転加熱ローラを採用することによつて従来のプラスチツクフイルム被覆装置における右の問題点を解決し得るという示唆が直ちに得られるものとは認められないうえに、引用例2に示されたプレヒーターロールは基材自体を予熱する目的のものであり、プラスチツクフイルム被覆装置の加熱装置とはその目的を異にするものであつて、プラスチツクフイルム被覆装置の加熱過程においてプラスチツクフイルムの表面に傷の発生することを避けるという前叙の技術的課題の解決を何ら示唆するものでないからである。また、引用例2の記載内容を検討してみても、そこに示されたプレヒーターロールがプラスチツクフイルム被覆装置の回転加熱ローラとして転用され得ることを示唆する記載は何ら見いだせない。すなわち、成立に争いのない甲第三号証(実願昭五二―八〇六六〇号・実開昭五四―七二六六号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム)によれば、引用例2は、「樹脂加工装置の剥離ロール機構」に係る明細書であるが、そこに開示された装置においては、アンワインダ1から供給された基材はプレヒーターロール9によつて予熱された後、マンドレルロール4とプレスロール3の間を通り、マンドレルロール4に沿つて進むが、基材を被覆するための樹脂は、マンドレルロール4とプレスロール3の接線上に配置されたエクストリーラ7の押出口から押し出され、予熱されている基材上に塗布された後に、基材に圧着されるものであることが認められるから、プラスチツクフイルム被覆装置におけるようにプラスチツクがフイルム状態で供給され、溶融温度まで加熱された後に、封着対象の基材を挟んで封着する形式の装置ではないことは明らかである。また、引用例2の記載内容をみても、プレヒーターロールが基材を予熱するものであることは理解できるものの、更に、加熱対象である基材の表面における傷の発生を防止しようとする要請があり、プレヒーターロールがこの課題を解決し得るものであることを示唆する記載は全くない。したがつて、引用例2に示された公知の技術手段は、加熱対象が熱可塑性のプラスチツクフイルムである場合に特有の技術的問題点である「加熱過程において、フイルムの表面に傷が発生する」という不都合を、回転加熱ローラを採用することによつて解消しようとすることが、当業者にとつてきわめて容易なこととみるべき合理的根拠となり得るものではない。

(二)被告は、プラスチツクフイルムを加熱処理する際に、加熱装置として加熱ロールを用いることは、本出願前周知の事項であると主張して、乙第一号証ないし第四号証を援用するので、これらについて検討する。

成立に争いのない乙第一号証(特開昭四八―五九九一〇号公報)によれば、乙第一号証は、「熱可塑性プラスチツクフイルムの谷染印刷方法」の発明に係る公開特許公報であるが、「谷染印刷が施される熱可塑性プラスチツクフイルムのフイルム単体1はまず熱ドラム2により加温され、さらに熱ロール3および4により表面および裏面を極力均一にかつ谷染印刷の成型時に充分な塑性変形をし得る温度に加温される。」(二頁右下欄一行ないし五行)との記載に徴して、そこに設置されている熱ドラムは、熱可塑性プラスチツクフイルムに対して谷染印刷の成型時に塑性変形ができるような塑性を付与するために加熱するものであることが明らかであり、本願考案のラミネータのように加熱過程においてプラスチツクフイルムの表面に滑りが生じることなく転がり接触しながら移送されるものとも断定し得るものではない。成立に争いのない乙第二号証(特公昭四八―三三二七三号公報)によれば、乙第二号証は、「凹凸面を有するプラスチツクシートに平板状プラスチツクシートを熱接着する方法」の発明に係る特許公報であり、その実施例について「上下の凹凸面を有する成形ロール3、4によつて凹凸面を形成して送り出されたプラスチツクシート1の一面に、加熱ロールにより予備加熱して送られた平板のプラスチツクシート2を重層して、これらをゴムロール6と表面に細線による網状の小突起8を有する圧接ロール7との間に送り込むときはプラスチツクシート1、2はプラスチツクシート1の凸部において熱接着せられて送り出され、プラスチツクシート1の凹部においては溶融による歪曲が起らない。而して凸部に接着せられた平板プラスチツクシート2の外面には網状の小突起8による粗面模様9が残るが、これはサンドブラスト、グラインダー等によつて容易に修正することができる。」(二欄一四行ないし二八行)との説明のあることが認められるが、平板プラスチツクシートの予備加熱を回転式の加熱ロールで行うこととした技術的意義についての説明はなく、また右に引用した記載に照らして加熱ロールによる加熱の目的はシートに対して圧接着可能な程度に塑性を付与することにあるものと理解されるから、乙第二号証の記載には、プラスチツクシートの予熱時にその表面に傷が生ずることを防止するために加熱ロールを回転式にするという技術的思想が示唆されているとみることはできない。また、成立に争いのない乙第三号証(特開昭五〇―一一二四七五号公報)によれば、乙第三号証は、「積層製品を製造する方法」の発明に係る明細書であるが、そこには、少なくとも三条のプライのヒートシールされた積層製品を製造する方法が開示されており、その好適な実施例についての説明として、「構造体12ははくを展延しかつしわの無い状態で次のはく予熱ロール9へ送出するのに、機械加工された、例えばヘリグボーンの形を表面に有し、かつ水蒸気、油または電気で加熱されることのできるはく予熱ロール8をも、回転可能装架位置に保持している。ロール9は水蒸気、油または電気で加熱されることができ、かつこのロールもしわの無い加熱されたはくシートを成層ニツプ20へ送出す展延ロールとして作用するのに、機械加工された例えばヘリングボーンの形を表面に有している。」(一四欄一五行ないし一五欄五行)との記載のあることが認められるので、乙第三号証に示されている予熱のための加熱ロール8及び9は、ともにその表面にヘリングボーンの形を有していることからみて、予熱の対象物であるはくをしわのない状態で加熱し、送出すことを目的とし、そのために回転式にしたものであると理解される。したがつて、乙第三号証にみられる回転式の加熱ロールの構成から、加熱過程において、フイルムの表面に傷がつくという従来のプラスチツクフイルム被覆装置に特有の不都合を避けるために加熱素子を内装した回転加熱ローラを採用することが示唆されるとみることもできない。更に、成立に争いのない乙第四号証(技報堂出版株式会社・昭和五三年二月一日発行「プラスチツクフイルム―加工と応用―一六三頁ないし六五頁)によれば、乙第四号証には、厚めのフイルムを数本のロールで予備加熱し、その後、加熱延伸を行う技術が開示されているが、そこには、予備加熱の際に加熱面での滑りによるフイルム表面の傷の発生という技術的課題を解決するために加熱回転ローラを使用することができることを示唆する記載は全く見いだせない。確かに、これまで検討してきたところから明らかなように、本出願前にあつても、種々の技術目的のためにプラスチツクフイルムを加熱処理する装置として回転加熱ロールが用いられていたことは認められるが、本願考案と引用例1記載のものとの相違点(1)についての判断に当たつて、回転加熱ローラの採用を想到することが当業者においてきわめて容易であるといい得るためには、プラスチツクフイルムの予備加熱の過程における滑り等によつて生ずる表面の傷の発生を避けるためには回転式の加熱ローラを用いることができるという技術事項が、引用例に開示ないし示唆されているかもしくは本出願前に当業者において周知の技術として広く知られていなければならないものである。技術的課題や加熱回転ローラの使用目的の共通性こそが右の相違点についての容易想到性の判断の合理的な根拠となり得るからである。しかるに、すでに認定説示したとおり引用例2には、そのような開示ないし示唆があるとはいえず、また、すでに認定したところから明らかなごとく前掲乙号各証によつても、加熱面での滑りによつてプラスチツクフイルムの表面に生ずる傷の発生を避けるためには回転式の加熱ローラを用いることができるという技術事項が本出願前に周知であつたとは認められない。したがつて、この点についての被告の主張は採用の限りでない。

4 右のとおりであるから、相違点(1)についての判断に当たつて、引用例1に記載されたプラスチツクフイルム被覆装置の加熱装置として引用例2に示されたような回転ローラを用いることが当業者にとつてきわめて容易なこととした審決の判断は誤りである。右の判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は、この点において違法として取消しを免れない。

三 以上のとおりであるから、審決に認定判断を誤つた違法があることを理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容することとする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!